江戸時代がよくわかる歴史小説とは?時代の特徴とおすすめ作品を紹介
江戸時代は他の時代に比べて史料が豊富に残っているため、当時の様子を生き生きと描いた歴史小説がたくさん見つかります。
歴史にあまり興味がない人でも親しみやすく、日本史への関心を呼び覚ますきっかけになるでしょう。
江戸時代の特徴をおさらいしつつ、おすすめの時代小説を紹介します。
「江戸時代」ってどんな時代?
時代小説を読むなら、その時代への基本知識は欠かせません。江戸時代がどのような時代だったのか、簡単に振り返ってみましょう。
江戸時代の定義
江戸時代がいつから始まり、いつ終わったのかについては諸説あります。
一般的には1600年の関ケ原の戦いで徳川家康が政権を掌握してから、1867年に徳川慶喜が大政奉還するまでの、徳川将軍家による治世の時代を指すと考えて良いでしょう。
江戸時代の次は、明治・大正・昭和・平成・令和と続きます。
しかし江戸時代が267年続いたのに対して、明治から令和4年(2022年)まで、まだ155年しか経っていません。
あと100年以上経ってようやく追いつくと考えれば、途方もなく長い時代だったことが容易にイメージできるでしょう。
世界でも珍しい平和な時代
江戸時代の日本では、1637年の島原の乱以降、幕末の動乱を迎えるまで戦争らしい戦争は起こっていません。
外国から攻め込まれることも、内戦もない平和な時代が続いていたのです。
欧米から見て遠い島国であり、鎖国によって日本の情報が伝わらなかったために、外国から攻められなかったことは想像ができます。しかし200年以上も内戦がないというのは、驚くべきことです。
支配者が全員武士なのに戦わないなんて、面白いですよね。世界でもこのような例はなく、世が世なら徳川将軍家はノーベル平和賞をもらっていたかもしれません。
江戸時代の面白い小説を選ぶポイント
長い長い江戸時代には、実にさまざまな出来事がありました。江戸時代を学ぼうと思っても、どこから手を付ければよいのかわからない人も多いでしょう。たくさんの小説の中から、面白い作品を選ぶポイントを解説します。
有名人のエピソードを知ろう
江戸時代の様子についてざっくりと学びたい人は、有名将軍や大名、偉人が主人公の小説を読んでみましょう。
好むと好まざるとにかかわらず、国の頂点に立った人物が何を考えどのように生きたのか。それを知るだけでも、ずいぶんと江戸時代への興味が湧いてくるはずです。
徳川将軍家なら、3代家光・5代綱吉・8代吉宗・15代慶喜あたりでしょうか。名君と呼ばれた大名には、米沢藩の上杉鷹山や白川藩の松平定信などがいます。
鎖国の中で育まれた、日本独自の科学や技術も要注目です。和算の開祖・関孝和や発明家の平賀源内、地図を作った伊能忠敬など、偉人の生涯を追ってみるのもおすすめですよ。
江戸っ子の暮らしぶりを知る
当時の江戸は、世界屈指の大都市でした。参勤交代で地方からやってきた藩士も多く、飲食店やレジャー施設、遊郭が大繁盛します。
江戸城や大名屋敷の奥に仕えたり、芸事を教えて生計を立てたりするキャリアウーマンもたくさんいました。
彼らの暮らしぶりを描いた時代小説なら現代人に通ずる部分も多く、読んでいて共感を覚えるでしょう。
自分の祖先がどのようなキャラだったのか、想像するだけでもワクワクしてきます。
有名な事件を扱った小説もおすすめ
江戸時代は長いだけあって、さまざまな事件が起きています。島原の乱や赤穂浪士の吉良邸討ち入り、桜田門外の変などは誰でも一度は聞いたことがあるでしょう。
有名事件のエピソードは読者に予備知識があるため理解しやすく、歴史に苦手意識を持っている人でも楽しめます。
事件の背景や関連人物の生きざまを追いながら、自然に歴史への造詣を深められますよ。
江戸時代のおすすめ小説 有名殿様編
将軍も大名も商家も農家も、基本的には世襲制だった江戸時代。
国の政治を司る重要人物にも、とんでもないことをやらかす人から、今も名君と語り継がれる人まで、さまざまな個性がありました。
実在した有名な殿様が登場する時代小説を見ていきましょう。
徳川綱吉のダークさが際立つ 諸田玲子「灼恋」
「灼恋」の主人公は、落ちぶれた公家から侍女として大奥に出仕した「染子(そめこ)」という女性です。
美しい染子はやがて5代将軍・徳川綱吉の寵愛を受けるようになるものの、本当に愛していたのは綱吉の側近・柳沢吉保でした。
徳川綱吉といえば「生類憐みの令」が有名ですが、家臣の妻や娘、側室に見境なく手を出したことでも知られています。
公私ともにとことんダークな綱吉と、吉保への愛を貫く染子の清らかさが対照的な、印象に残る名作です。
江戸時代屈指の名君 童門冬二「小説 上杉鷹山」
上杉鷹山(うえすぎようざん)は、米沢藩(現在の山形県米沢市を藩庁とする藩)の9代目藩主です。高鍋藩主(現在の宮崎県高鍋町)秋月種美の次男として生まれ、1760年に米沢藩8代藩主重定の婿養子となりました。
17歳で藩主となった鷹山でしたが、当時の米沢藩は莫大な借財をかかえ、困窮の極みにありました。藩の存続が危ぶまれる状況の中で、鷹山は財政の立て直しを目指してさまざまな改革を実行に移します。
改革の手腕もさることながら、領民ファーストを貫く鷹山の姿勢が、現在を生きる私たちの心を打ちます。
読み終わった後、こんなリーダーが現れないかなぁ~と、思わず遠くを見てしまうかもしれません。
謎の多い最後の将軍 林真理子「正妻 慶喜と美賀子」
徳川慶喜は大政奉還の奇策や鳥羽・伏見の戦いでの逃亡事件など、数々の謎の行動で知られる江戸幕府最後の将軍です。
大変頭が良く、幕府の危機を救う人物として周囲から期待されていましたが、本人は将軍にはなりたくなかったとも伝わっています。
「正妻 慶喜と美賀子」は、そんな慶喜の姿を正妻となった一条美賀子の立場から描いた小説です。
ごたごたとしてよく分からない幕末の情勢も、この小説を読めば大河ドラマを見ているかのように理解できるかもしれません。
江戸時代のおすすめ小説 レディース編
続いて大奥や吉原、町娘まで江戸時代の女性の姿がよく分かる小説を紹介します。
初期の大奥を描いた秀作 吉屋信子「徳川の夫人たち」
3代将軍・徳川家光の側室「お万の方」が主人公の物語です。公家の出身で尼寺の院主となるはずだった17歳の姫は、無理やり還俗させられて大奥に入ることになりました。
理不尽な仕打ちを受けながらも誇り高く生きようとする「お万の方」の姿に心打たれます。
家光や大奥創設者の「春日局」の人物像もよく分かる作品です。
吉原の歴史を知るなら 朝井まかて「落花狼藉」
「落花狼藉」は、吉原を創り上げた甚右衛門の妻・花仍の目から見た吉原の歴史を描いた小説です。
吉原は戦国の気風が残る江戸時代初期に、幕府公認の傾城町として誕生しました。
「鬼滅の刃」に登場した際には「子どもが読む物にふさわしくないのでは?」などの意見もありましたが、実際にそのような場所があった事実は、語り継がれるべきでしょう。
哀しい運命に立ち向かう遊女や、金の亡者みたいな遣り手婆さん、優れた経営手腕を発揮する揚屋の女将など個性的な女性がたくさん登場し、とても読みごたえがあります。
町娘の日常 諸田玲子「きりきり舞い」
「きりきり舞い」の主人公「舞」は、「東海道中膝栗毛」の作者・十返舎一九の娘です。当代一の人気作家なのに、酒びたりで変な行動ばかりする父の面倒を見ながら暮らしています。
舞の家には無理やり十返舎一九の弟子になろうとする浪人や、葛飾北斎の娘・お栄などが押しかけていつも大騒ぎ。せっかく持ち上がった舞の縁談も、父が台無しにしてしまいます。
奇人変人に囲まれた「まとも」な町娘の懸命に生きる姿が人情味たっぷりに描かれていて、思わず応援したくなります。
江戸時代のおすすめ小説 江戸っ子編
江戸時代について、職業選択や恋愛の自由がなく、堅苦しい社会だったというイメージを持つ人も多いでしょう。
しかし不思議なことに、江戸っ子にはそんな堅苦しさはありません。自由でのんきな江戸っ子が登場する小説を紹介します。
蔦重が登場 野口卓「からくり写楽」
「からくり写楽」は江戸屈指の板元であり、TSUTAYAの名前の由来になったとされる「蔦屋重三郎」が、浮世絵で有名な「東洲斎写楽」をプロデュースする物語です。
蔦屋重三郎といえば、2025年のNHK大河ドラマの主人公として大注目の江戸人。見る前にこの本を一読すれば、ドラマをより楽しめるでしょう。
実は東洲斎写楽の正体は、今も謎に包まれています。初期の作品と後期の作品で出来栄えが異なるのも不可解です。
本当は誰が写楽だったのか・・・。写楽の正体を隠した理由はどこにあるのか。
まるで江戸時代版バンクシーを見ているようで、ワクワクさせられます。
動物好き必読! 風野真知雄「宮本武蔵の猿」
「宮本武蔵の猿」は、うだつのあがらない剣豪・望月竜之進がさまざまな生き物や人物と巡り合い、事件に巻き込まれていくシリーズ物です。
望月竜之進はオリジナル流派「奇剣三社流」の遣い手として、士官を夢見る浪人です。しかし正義感が強く、困っているものは人でも動物でも見過ごせません。
せっかくの士官のチャンスをふいにしても、これでよかったと爽やかに言ってのけるのです。それでも何とか生きていけた江戸時代。本当にこんな人がいたのかもしれないな~、とほのぼのできる小説です。
江戸っ子になりきれる 杉浦日向子「一日江戸人」
「一日江戸人」は、まるで江戸の観光案内を読んでいる気分になれる作品です。
美人の基準からモテ男の職業・迷信・衣食住まで江戸っ子の暮らしぶりや趣味趣向が、自筆のイラストを添えつつ詳細に描かれています。
読んでいるうちに自分も江戸っ子の一人として、和服姿で浅草や日本橋を歩いている気分になれるでしょう。
万が一江戸時代にタイムスリップするハメになっても、この本を読んでおけば心配ありません。
江戸時代のおすすめ小説 有名事件編
平和が続いた江戸時代にも、人々を驚かせた大事件はしばしば起こっています。事件の裏側を描いたおすすめ小説を見ていきましょう。
討ち入りにもお金がかかる 山本博文「忠臣蔵の決算書」
こちらは映画「決算!忠臣蔵」の原作です。赤穂浪士の吉良邸討ち入りについて「忠臣」をフォーカスした物語は多いものの、金銭面を取り上げたものは珍しく、話題になりました。
よく考えてみれば、無職の浪人が47人もいたらお金がかかるのは当たり前です。しかも当時の武士にとって、金銭の話は卑しいとされ、口に出すのもはばかられることでした。
討ち入りの軍資金を用意した大石内蔵助の苦労がしのばれます。
大奥最大のスキャンダル 中野圭一郎「不義密通にあらず 絵島生島物語」
7代将軍・徳川家継の頃に大奥の女中だった「絵島」と、歌舞伎役者「生島」の密通事件を描いた小説です。
大奥に勤める女性はすべて将軍のものであり、他の男性と関係を持つなど、とんでもないことでした。
ただしこの事件は大奥の権力争いが高じた結果ともいわれており、策略にはめられた絵島や生島に同情する人も多かったようです。
中期の大奥に興味がある人におすすめしたい作品です。
極寒の地への漂流 井上靖「おろしや国酔夢譚」
航海の途中で遭難し、シベリアにたどり着いた大黒屋光太夫と十数人の仲間たちの運命を描いた小説です。
なんとしても故郷に帰るべく、仲間を励まし守り抜く光太夫の姿に感動します。
最悪の状況を覚悟しつつ、決して望みを捨てない姿勢は現在の日本人の誰もが見習うべきかもしれません。
江戸時代のおすすめ小説 政治とお金の話編
政治にお金と聞けば、いつの世も「どろどろ」。とはいえ「お金持ちになりたい」「歴史に名を残したい」といった欲望も、やっぱりどんな時代でも不変です。
江戸時代に一世一代の勝負に臨んだ、豪気な人物の物語を紹介します。
赤貧から成り上る 司馬遼太郎「菜の花の沖」
江戸時代後期、淡路島の極貧家庭に生まれた高田屋嘉兵衛の生涯を描いた作品です。
高田屋嘉兵衛は悲惨過ぎる境遇から海の男として身を起こし、最終的には蝦夷・千島の海で活躍する大商人に成り上がります。
高根の花だった女性を口説き、妻にする若き日の嘉兵衛が男らしさ全開で「ほれてまうやろ~」と叫びたくなるほど。
日本近海を縦横無尽に駆け回る高田屋嘉兵衛に成り切り、時間を忘れて読みふけってください。
笑えるほど貧乏な殿様! 浅田次郎「大名倒産」
「大名倒産」は、借金まみれでどうにもならなくなった殿様が、藩を「取り潰して」もらうために考えた壮大な倒産計画をめぐる物語です。
神木隆之介さん主演で映画化もされています。
幕末の頃、多くの大名家は財政難に直面します。その理由は、開府以来年を追うごとに煩雑になる「風習」でした。
「面目」を重んじ、無理やり豪華な行列を仕立てての参勤交代。上役への付け届けや婚礼の引き出物、時候の挨拶など、とかくお金のかかる武士の暮らし。
政治的にも経済的にも「がんじがらめ」の大名の暮らしぶりがユーモラスに描かれ、思わず同情したくなります。
貧乏神や福の神、薬師如来などの神仏も、ストーリーを盛り上げます。近代化する直前の日本にただよう、どことなくぼんやりとした世界観を堪能できる作品です。
江戸時代の高齢化社会を描く 平谷美樹 「でんでら国」
食い扶持を減らすため、老人を山奥に置き去りにする「姥捨て」の風習について、一度は聞いたことがある人も多いでしょう。
しかし捨てられたと思っていた老人たちが、実はこっそりと田畑を作り、豊かに暮らしていたとしたら・・・
「でんでら国」は、そんな隠し村の存在を暴こうとする代官と、守ろうとする農民の攻防戦を描いた小説です。
現代の高齢化問題を解決するヒントも盛りだくさんで、歴史小説を読むついでに社会問題まで学べてしまいます。
新選組最強の剣士 浅田次郎「一刀斎夢録」
幕末の京都で命を燃やした「新選組」は、短い活動期間にもかかわらず今も多くの人々を魅了する集団です。「一刀斎夢録」は、そんな新選組の三番隊長・斎藤一の生き様を描いています。
斎藤一は剣豪ひしめく新選組の中でも、最強の剣士と恐れられた人物です。維新後は名前を変えて警視庁に奉職し、大正時代まで生き延びました。
物語は、年老いた斎藤一が、剣道の達人である若き近衛師団の中尉に語りかける形で進行します。
近藤勇・土方歳三・沖田総司といった人気キャラクターはもちろん、土方の遺影を実家に届けた市村鉄之助まで登場し、ストーリーを盛り上げます。
新選組ファンならずとも、幕末好きなら一度は読んでおきたい作品です。
江戸時代のおすすめ小説 ファンタジー編
科学的に絶対にありえない怪奇現象も、もしかしたらあったかもしれないと思えるのが江戸時代のすごいところ。
当時の人々も神の加護や悪霊のたたりを恐れていたのですから、致し方ないでしょう。
最後に江戸時代が舞台のファンタジー小説を紹介します。
現代版百物語 宮部みゆき「おそろし」
実家で起こったある事件をきっかけに心を閉ざしてしまった少女が、客の不思議話を聞いているうちに心を開いていく物語です。
客が少女に聞かせる非現実的な話と、江戸の街や少女が身を寄せる商家「三島屋」で働く人々のリアルな姿が見事にシンクロしています。
次の客はどんな話をするのか気になり、早く続きを読みたくなってしまいます。
猫はいつでも人気者 畠中恵「猫君」
「猫君」は、人の言葉を話す妖怪「猫又」たちが活躍するファンタジーです。猫又になれるのは、20年生きた猫。
吉原の髪結いの飼い猫だった「みかん」は後ひと月で20歳になるときに、飼い主が病に倒れてしまいます。
飼い主の死後、新米猫又としてデビューしたみかんは将軍の庇護のもと、江戸城内で修行に励みます。
古代から人間に愛されてきた猫たちが見せる、かわいらしく健気な姿にほっこりできる作品です。
江戸時代の小説を読んで温故知新
江戸時代は、令和を生きる私たちにとっては遥か大昔のように感じます。とはいえ、ほんの数代前のご先祖様は、確実に江戸時代を生きた人です。
遠いようで意外に近い江戸の様子を学ぶことで、日本人が歩んできた過去と、これから歩むべき未来が見えてくるでしょう。
小難しいことは考えず、まずはエンターテインメントを楽しむ気持ちで時代小説に親しんでいただけると幸いです。